「東日本大震災」について(生徒作品) 

 岩手県野田村                                                     中学3年 K.S.君

 
3月11日、宮城県沖でM9,0の地震が起きた。死者・行方不明者は2万人以上に上る。
 地震が起きた時、私は学校にいた。縦に大きく揺れた後に、横に揺れた。今まで経験したことのない、物凄い揺れだった。職員室に行くと、生徒や先生達が慌ただしく動いていた。イスは大きく揺れ、ドアは開いたり閉まったり、とにかく凄い揺れだった。
 学校のテレビで観た映像は衝撃的だった。そこには、津波が押し寄せる陸前高田が映っていた。窓ガラスは揺れて、漁船が次々と町へ入っていく。

 それを観た私は、何がなんだか分からなくなり、少し混乱し始めた。なるべくみんなと一緒にいようと思い、教室へ行って座った。教室へ行って少し経った時、大きな揺れが、また我々を襲った。教室にいても外の状況が分からないと思った私は、中央ラウンジのテレビを観に行った。しかし、流れ出る映像は、どこも陸前高田や気仙沼だけで、東京23区の映像や電力状況などは、全くと言っていいほど出なかった。テレビを観ていることで、ますます混乱に陥った。
 ゴールデンウィークの間、私はボランティアに行った。場所は、岩手県の野田村だ。5月2日の朝10時に出発した。13時間かけて野田村の隣りの久慈市に着いた。久慈市には、私のいとこが住んでいたため、そこで一泊させてもらうことにした。
 次の朝、8時にいとこの家を出て、15分ほどで野田村に着いた。そこで目にしたのは悲惨なものだった。辺り一面何もない。地面には亀裂が入り、10メートル近いガレキの山がいくつもあった。
 しかし、現地の人々は、我々を笑顔で迎えてくれた。その姿に、私は泣いてしまった。被災した人々は、辛いはず。それなのに、我々ボランティアのために、笑顔で、そして野田村の有名な食べ物などをたくさん振舞ってくれた。私は申し訳ない気持ちになり、横にいたアメリカ人に全てあげた。
 私が行った家は、2日間で27トンものヘドロやアスファルトなどが出た。海に行ってみると、線路がぐにゃぐにゃに曲がっていたり、テーブルが落ちていたりと、津波の恐ろしさを想像せずにはいられなかった。
 テレビでは、陸前高田や気仙沼の情報しか伝えていないが、私が行ってきた野田村も、かなりのダメージを受けていた。ダムが壊れて、大量の水が町を襲ったという話も、その時に聞いた。
 いまこの、日本は、そして世界は、国境関係なく一人ひとりが助け合うべきだ。

 被災者と私たち                                                    中学3年 O.A.君

 地震は3月11日午後2時46分頃、東北地方三陸沖を震源としたM90という日本国内観測史上最大のものだった。死者、行方不明者は2万人近くとも言われている。東北だけではなく、関東地方でも茨城県等で地震があった。
 地震直後、情報は錯綜した。さまざまな情報が人々を惑わせ、デマも大量に出回った。地震発生から1時間程経つと、テレビやラジオで正確な情報が流れ始め、被災地の様子が映された。発生翌日には福島第一原発の放射線問題が浮上し始め緊張が高まった。被災地の方々は原発の周囲から避難しなければならなくなり、また、原発周辺の野菜等が売れ残ったり処分される等、数々の被害を受けた。この時期から、政府の、震災や原発問題への対応の遅さが騒がれ始めた。被災地の人々は、政府に対してメディアを通して憤りを訴え、苦情や対策への疑問等を大量に寄せた。我々の住む関東圏の人間も、同様に苦情を寄せていた。
 しかし、それは果たして本当に正しいだろうか。確かに被災地の人々が憤るのは理解できる。しかし、政府の対応が遅いことを批判するのはどうかと私は思う。まして、被災していない関東圏の人間なんて、なおさら変だと思う。なぜなら、被害の原因はあくまで自然災害であって、さらに今回の地震は通常は考えもしない大きすぎるものであるからだ。二次災害となった津波も、これまでの予想をはるかに上回るものだったため、対応が遅れるのは多少なりとも有り得ることだと思う。
 確かに予想以上のことに、臨機応変に対処する力は必要だが、政府を運営するのも人間だ。多少の遅れは絶対ある。これは、人として認めなければならない点だと私は思う。
 つまり、我々関東圏の人間は、政府の対応の遅れに苦情を言うよりも、正しい情報を知り、自らができることをするべきだ。テレビの画面だけを見て、政府はダメだ、何だと言うのだったら、電気を消して少しでも被災地に電力を供給すべきだ。
 なぜ、自分より先に人のことを言ってしまうのか。それは、心のどこかで、「自分は関係ない」と思っているからだ。半端な情報で人を批判しないで、もっと関心を持つべきだ。そうすれば、被災した人の気持ちに少しでも近づくことができる。
 私達の行動が、人の命を左右していると言っても過言ではない。身の回りで協力できるところを見つけ、それにどう対応するか、それは個人の問題だ。その対応の仕方で命が救えることを忘れてはならない。

「AC」のCM                                                       中学3年 Y・T君

 東日本大震災において、テレビのCMが、ACのCMばかりになり、それについて文句や苦情が出ていることに対して、私は違う意見を持っている。
 ACとは、様々なメディアを通し、共通広告により啓発活動を行っている経済産業省所管の特例社団法人のことである。民間企業が何らかの原因で、スポンサーとして広告を流せなくなった時に、その空いた時間枠を使ってCMを流している。その内容は、何かの宣伝ではなく、公共のメッセージである。
 今回の大震災では、ほとんどのスポンサーがCM放送を自粛したため、ACのCMが繰り返し流れることになった。これに対して、多くの視聴者から、「しつこい」、「不快感がある」、「内容がそぐわない」などのクレームが殺到したという。そのような意見を大別すると、ひとつは、「同じ内容を繰り返し見せられることへの不快感」であり、もうひとつは「大震災の報道との違和感」にある。前者に関しては、ACの成り立ちからして、仕方がないとしか言いようがない。 私は反論したいのは、後者についてである。苦情を寄せている人達は、大震災を前にして、「自分には何もできない」という悔しさを、ACの広告にぶつけているように思う。
 被災地の様子をニュースを観ていて、「大変そうだ」、「辛そうだな」と思っていても、テレビを消せば、温かいご飯やお風呂がある。そのギャップが現実である。被災した人達は、家族を失ったり、家がなくなったりしているのに対し、私達は、温かいご飯を食べている。ACの広告は、いわば、その間に入り、クッションの役割を果たしてくれているのだ。そうであれば、ACの広告はあってもいいのではないか。逆に、何の広告も流れず、悲惨なニュースだけが流されている方が私には辛いものがある。広告の内容も、特に悪いものがある訳でもないのだから、やめることはないというのが、私の意見だ。
 自分が何もできなくて悔しかったりしても、どうすることもできない。自分達には、義捐金を送ることくらいしかできない。できることをやっていれば良いのだ。何もできないからと言って、ACの広告などに当たるのはおかしなことだ。
 私はACのCMは、あってもいいと思う。中には、のんきなCMもあった。確かに、大震災の後で、皆が大変な思いをしている時に、「ポポポポーン!」という曲が流れた時は、私も驚いた。しかし、少し時間が経つと、悲惨なニュースのショックをやわらげてくれている気がした。
 被災した人と同じ気持ちになることも大切なことだとは思うが、私達が辛い思いをしたところで、何もならない。だから、ヒステリックになって「不謹慎だ!」などと言わずに、できることからやって、一日も早い復興を願うこと大切だ。私も、早く被災地が復興することを願う。